ザッピング

チャンネルはころころ変わる

あの旗

 

 

11月のソウルで、SW5のDVDを購入した。SHINeeの商品を買うという目的を持ってCDショップに入り、彼らの棚を探して目当ての品を見つける。しっかりと握りしめてレジに置く。私の高揚した気持ちにおそらく少しも気づいていないであろう店員さんは、思い出したようにポスターを裏から出してきて袋の中へと無造作に入れた。

もう一度、向き合ってみよう。

そう思えるのに2年かかった。長い2年だったと思う。悲しみが癒えて、懐かしい思い出を抱きしめながらまた人は笑って生きていく。そうやって喪失がいつか日常になるはずだったのに、わたしはずっと喪失の中に立ち止ったままだった。彼の、ついぞ言葉にできなかった苦しみがわたしを覆った。死にたいではなく、無になりたかったのではないか。苦しみを感じない「無」になりたかったのではないか。めぐらした考えは、いつしか彼とは関係なくわたしの苦しみになった。仕事しながら涙が出てくるようになり、重い身体を起こして病院へ行ったのに、病気じゃないと言われた。会社へ行けているなら、病気ではないです。いよいよ会社に行けなくなったら、また来てください。仕事が出来なくなる前に、生活が送れなくなる前にどうにかしてほしいのに、この医者は何を言っているんだろうと思った。ただ、診断が下りなかったことでだいぶ安心したことも確かだった。病気じゃないという意識は、少しずつわたしを上向きの気分にしたかもしれない。

ちゃんと向き合う。正面から向き直る。

あの時消してしまった彼の写真たちを一枚一枚集め始めた。ずっと見ていなかった5人の動画を少しずつ見てみた。画面の中で久しぶりに笑う5人を見て、彼の背が他の4人よりも小さいことに気づく。思わず笑ってしまった。わたしは、そんなことすら忘れてしまっていたのだった。

あの日に囚われ続けて、忘れてしまったことがあまりに多い。あの日の前と後で変わってしまったことがあまりに多い。「つらくなければいけない」という思いが強かった。今ももしかしたら、「前を向かなければいけない」という思いになっているだけかもしれない。それでももう一度最初から恋をするよ。素敵な写真を見つけたり、かっこよく踊る動画を見たり、大切な言葉に触れていくことがとても楽しくて、暖かくて、胸がいっぱいになるから。他のどこに救いを求めても、探しているものはたった一つの場所にしかないことに気づくのにこんなに時間がかかってしまった。長い2年だったけど、それでも必要な周り道だったと思う。向き合うことでまたつらくなったとしても、全部大切な気持ちになると信じられる。きれいごとだと無視してきた思いも、今なら受け止められるような気がする。

絶対に忘れたりしない。たとえそれが苦しみでも、たとえ度々闇に飲み込まれそうになっても、懐かしい思い出に変えたりなんかしない。この歌声を聴きながら、一緒に生きていけたらいいなとライブ会場で思ったそのままに、残してくれた声を聴きながら、これからも一緒に生きていきたいと願うこともできるはずだ。

 

出会ったことを後悔したことは、一度もない。

また新しい道を一緒に歩き始めるにあたって、とても晴れやかな気持ちだ。

 

 

じょん、大好きだよ。昨日より、一昨日より、2年前よりもずっと。